また、一週間が終わる。
きっとこの週末は、他の会社では通常の一週間とは異なり、来週からは新入社員などが入ったりする、
大きな節目の週。
この一週間、ドタバタとしていた・・・・と思ったけれど、クライアントに提案した日がない。
そう考えると、この一週間は自分は何をしていたのかと反省する。
いい意味で自分を反省する時間をもったりすることはできているけれど、以前に比べてスピード感が非常に低下しているように思う。
案件に対して「頭の回転率」が遅くなっていた。
忙しい時は、電車に乗っている時や歩いている時、あらゆる時間で色々なアイデアを考え、もっとスピードをもって行動していた。
考えるだけでは行動が伴わなければ意味が無い。
シャカリキに、提案する。 その行動力が足りなかったと反省。
行動が無ければ、お金を生まない。
もう一度、自分の尻を叩き直そう。
2012年3月30日金曜日
選択の間に反省
7つの習慣にあった反応性と主体性についてふと思い出した。
今年になって、自分からの「主体的な行動」を意識してやっているが、本当にそれが正しいことなのかどうか、自ら動くことが主体性ある行動なのか、ということに何となく不安になってその言葉を改めて読み返してみた。
主体性とはどのような状況に置かれても、自分の価値観に基づき反応を選択すること。とある。
逆に、反応性とは、状況や気分によって、反応性を決めること。
そしてコヴィーは、
主体性のある人は、刺激と反応の間に自分の価値観に基づき反応を選択する間がある、と言っている。
正直に、自分を話し、相手を聞いて理解しようとしているけれど、なかなか難しいことがある。
「仕方ない」と諦めてしまいそうな時がある。
自分ではそれが主体性をもった行動だと思っていたことが、「自分の価値観に基づき反応を選択する間」を持って聴いた話に対して応えていたかと顧みると、もう一度考え直さなければならない自分がいる。
今年になって、自分からの「主体的な行動」を意識してやっているが、本当にそれが正しいことなのかどうか、自ら動くことが主体性ある行動なのか、ということに何となく不安になってその言葉を改めて読み返してみた。
主体性とはどのような状況に置かれても、自分の価値観に基づき反応を選択すること。とある。
逆に、反応性とは、状況や気分によって、反応性を決めること。
そしてコヴィーは、
主体性のある人は、刺激と反応の間に自分の価値観に基づき反応を選択する間がある、と言っている。
正直に、自分を話し、相手を聞いて理解しようとしているけれど、なかなか難しいことがある。
「仕方ない」と諦めてしまいそうな時がある。
自分ではそれが主体性をもった行動だと思っていたことが、「自分の価値観に基づき反応を選択する間」を持って聴いた話に対して応えていたかと顧みると、もう一度考え直さなければならない自分がいる。
2012年3月25日日曜日
寝て過ごした
昨夜はハンバーグを作ろうと思いながら、急遽カレーを作り、食べる前にスーパー銭湯に行った。
合計で3回ほどサウナに入る。
サウナに入りながら新陳代謝されている感じが好きだ。
体を洗ってからお風呂に入る。
その後にサウナに何度か入ってもう一度体を洗う。
2回目に体を洗っている時に、開いた毛穴から汚れをおとしている感じが好き。
そしてまた、ゆっくりとお風呂につかる。
どこかで、汚れや疲れが溜まっているのをおとしているだけでなく、
精神的な部分での何かもおとし、清浄されている気分になる。
それは、ストレス解消というよりは、自分を一新させる感じ。
お風呂からあがり、すぐに水分を摂りたくなる。
それを我慢して一杯目に飲むビールは格別にうまい。
昨日は家に帰るまで我慢して、帰ってすぐにビールを飲みながらカレーを用意した。
昼に起き、カレーをまた食べて少ししたら寝てしまった。
まさに寝て過ごした一日。
店に来てコーヒーを飲みながらこれを書き、本を読んで帰る。
いつもの、夜の時間帯にいるスタッフがいて、新聞を読みふけっているおじさんがいる。
今日は、最近慣れてきたいつものスタッフが、席に着く前に「コーヒーでいいですか?」とメニューを渡さずに注文を確認してきた。
そんな自分も、いつもの席が空いていたので、その席に座っている。
あまりにも寝て過ごした一日だったので、せめてその寝て過ごしたということを「意識」しておこうと、
これを書いてみた。
しかしまぁ、我ながらメディア力のないブログである。
2012年3月23日金曜日
JOB
自分にとって、それは仕事ではなかった。
自分は今の仕事が好き。
誰かに喜んでもらおうと考える。
自分は、決して「仕える事」と感じていないことを小山薫堂さんの言葉で知った。
今いる業界でその幅を拡げたいし、それは人脈や仕事の内容について多くのことを学び、吸収したいと思う。それに、小山さんと同じように、日々の生活で何か楽しいことを考える自分がいて「私事」と感じれる部分もある。
そこに終わることない自分の成長の「志事」なんだろう。
仕事とするか、志事とするか。
自分は後者を選ぶ。
共通していて嬉しかったことが一つ。
まずは身近な人を喜ばせてみることを考えるという誕生日の話。
上司の誕生日を喜ばすことを考えなさいと新人に言った、ちょっと昔のことを思い出した。
そんな昔の話は、今の自分には大きく辛い部分もある。
今の自分には一年で一番大切な誕生日が5月にある。
自分がその人を祝うという資格がないかもしれないし、その行為自体が悲しませることなのかもしれない。
もし祝ったとしても、その先にはそれ以外でとても辛かったり、寂しい想いだったり、自分に嘘をつくかもしれない。
今はまったく、自分の抱える問題の先が見えないし見えてきそうな気配もない。
でも必ず、来年の5月には、面と向かって言える自分になりたい。
出会った年に祝った誕生日よりも大切な日にしたいと心から思っている。
俺にとっての一番の、一番大切な志事。
今、二つ隣の席に、いつものおじさんがやってきた。
きっと毎日来ているんだと思う。
毎回、いくつもの新聞を束ねてもってきて、数時間にわたって読んでいる。
そんなおじさんを見るのも、いつもの生活に戻ったと感じるひとつだ。
2012年3月19日月曜日
突然
家のチャイムがなった。
フラフラの状態で、突然現れた。39.3度。家の前で崩れ落ちた姿。
その後自分の対応が正しかったのかは分からない。
全ての人を大切にする。聴く耳を持ち、理解する。
本当に可能なのか・・・。
誰かを守ると誰かを傷つける。
自分が嫌になる。
フラフラの状態で、突然現れた。39.3度。家の前で崩れ落ちた姿。
その後自分の対応が正しかったのかは分からない。
全ての人を大切にする。聴く耳を持ち、理解する。
本当に可能なのか・・・。
誰かを守ると誰かを傷つける。
自分が嫌になる。
2012年3月17日土曜日
スターバックス
やっと、Howard Beharの本を読み終えた。
過去を思い出しながらその感想は、
彼の云う「人」を通じたスターバックスを、ある一店舗のチャックとそのスタッフを通じて、
自分自身も体感していたということが全て。
初めての英語での注文はホットチョコレートを頼んだのに、ホットコーヒーが出てきた苦いスタート。
英語を話せない自分が、「Can I talk to you?」と見知らぬお客に声をかけ、少しでも英語を話そうとトライしていた場所。
友達とくだらない話を何時間もして過ごした場所。
ゲームで負けて、20名くらいの仲間に奢らされたりもした。
親友の彼女が妊娠したことを知らされた場所。
プレゼンテーションの練習で、店の人に聞いてもらったり時間を計ってもらったりもした。
商品ができるあがった時に、自分の名前で呼ばれて「Yes」と絶対に親に怒られないであろう、大きなハッキリとした返事をしていた。
挨拶とちょっとした会話だけど、毎日のように通った。
彼のいうように、“雑音”はなかった。
彼がいうように、スターバックスでの体感を求めて通っていた。
まさに自分は、“体感を提供する”スターバックスへ通う客だった。
2012年3月16日金曜日
昇るのか?
展示会に行ってきた。
昔の同僚や、数年前にお世話になった元クライアントの方に会った。
最後の帰り際にも、別の元クライアントの方と偶然にも会い話をしながら帰った。
「いつでも遊びに来な。」という言葉は嬉しく、いつか一緒に仕事をしたいと思う。
過去のクライアントと仕事をするためだけであれば、前の会社にいればよかった。
もっと大きく成長したいと思って会社を辞めた。
だから、今、仕事をくださいということをあまりしたくはない。
但し、人脈は切るものではない。
環境が変わるごとに人脈を切ってしまえば、積み重ねていく人生はない。
今日、こうやって再開するかもしれないと思っていた人ではなかったので、予想だにしなかった方々との再会は嬉しかった。
自分で思い通りにいくかは分からない、但し、今思い描いている少し先までのシグモイドカーブはある。
仕事のスキルももちろんではあるが、この人脈という要素がなければ何も先に進まない。
自分のなかで、今週少し、そのカーブが昇り始めた感覚がある。
たまたまなのかは分からない。
きっと4月が終わるころまでに随分と結果が見えてくる。
さて、本当に昇りはじめるだろうか・・・・?
希望と不安の狭間にいるけれど、頑張って昇ろうと改めて思う。
そして、それは誰かが昇らせてくれはせず、自分で昇るしかない。
昔の同僚や、数年前にお世話になった元クライアントの方に会った。
最後の帰り際にも、別の元クライアントの方と偶然にも会い話をしながら帰った。
「いつでも遊びに来な。」という言葉は嬉しく、いつか一緒に仕事をしたいと思う。
過去のクライアントと仕事をするためだけであれば、前の会社にいればよかった。
もっと大きく成長したいと思って会社を辞めた。
だから、今、仕事をくださいということをあまりしたくはない。
但し、人脈は切るものではない。
環境が変わるごとに人脈を切ってしまえば、積み重ねていく人生はない。
今日、こうやって再開するかもしれないと思っていた人ではなかったので、予想だにしなかった方々との再会は嬉しかった。
自分で思い通りにいくかは分からない、但し、今思い描いている少し先までのシグモイドカーブはある。
仕事のスキルももちろんではあるが、この人脈という要素がなければ何も先に進まない。
自分のなかで、今週少し、そのカーブが昇り始めた感覚がある。
たまたまなのかは分からない。
きっと4月が終わるころまでに随分と結果が見えてくる。
さて、本当に昇りはじめるだろうか・・・・?
希望と不安の狭間にいるけれど、頑張って昇ろうと改めて思う。
そして、それは誰かが昇らせてくれはせず、自分で昇るしかない。
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