2012年2月18日土曜日

Practical Wisdom


自分の名刺に載せている。

“Practical Wisdom” : 「実践知」


状況によって適宜な判断が異なるため、Practical Wisdomはこれから先も自分で
知識を積み上げなければならない。
新しいロジックが開発されれば、それを知らないと使えない。
その判断ができない。


勉強は嫌いだ。でも、実践知として取り入れることは大好きだ。

だから、仕事が楽しい。



2012年2月11日土曜日

呼吸


久々のブログになってしまった。
自分のなかで、素晴らしい一週間を過ごしたこの間、感じたことがある。
こういう時こそ、このブログが自分にとって必要なものだということ。
自分にとっては、このブログは自分の何かを成長させてくれるものなんだと思う。
誰かに伝えたいわけではない。
ただ、こうやって書くことによって、仕事の中に活かせることが少しわかった。





ゼネラリスト : 特定の分野ではなく複数の分野においてある一定以上の知識や技術を持ち、
仕事をしていく人


正直、最近になって初めて知った言葉。
そして、スペシャリストとゼネラリストという言葉を自分に刻み込んで、ふと自分の知識やそれの活かし方、自分の欠如している部分で今後に成長したいと思うイメージをする。


プロフェッショナルになるためには、そのことに対して10,000時間必要と言われている。
そんな言葉を読み、過去の時間を計算する。
そしてまた、今踏み出した、学び出したことに対してプロフェッショナルになるためには、
10,000時間が必要だと考える。

そして考える、ゼネラリストのプロフェッショナルになるためには、何を学び、何に10,000時間を費やしていくべきだろうか・・・と。

成長が感じられる時は自分が嬉しい。
自分は日々、成長をしていきたい。
一日一つでいい。そうすれば、一年で365の成長がある。
成長の数を数値化してその成長が見えると、子供のころの身長が伸びた時のような嬉しさがある。



最近、以前に書いた、ある社長との仕事を行い始めた。
現場の人を知り、一緒に共創していく。
素晴らしいのは、社長がやりたいという意思を現場スタッフに浸透されていること。
社長の考えたことを一部の人がやっていて、現場は少しヒイた目で見ている状況を散見する。
今はまだ、相手の会社の一部のスタッフとしか行動をしていない。
しかし、その会社の誰に聞いても同じ言葉を聞く。
変わる必要性を感じ、一緒にやっていこうという言葉をかけてくれる。
素晴らしい環境。


今はどちらかというと、自分の少ない知識を教えることの方が多いけれど、
でも吸収できることは学びたいと思う。
そして振り返ると、教えるということは自分の知識を更に向上させなければならないという、
その意欲が湧いてくる。
今の、その会社との共創する仕事の一番の価値はその向上心を自分に与えてくれることでは
ないかと思う。


人は呼吸が止まると死ぬ。
酸素を吸って、二酸化炭素をはき出す。
本や人の話、様々な情報を吸収し、知識として仕事に活かしてはき出す。
その呼吸を続けていくことによって、自分の成長が続けていければいい。
それが、自分のいる業界で仕事して生きていくということ。


そして、人は会話をする。
新しいことは人生を豊かにする。
思い出は沢山あるほうがいい。


だからこそ、情報を吸い知識として吐き出す呼吸をしながら行う、
お客さんとの会話が“噺”であれば、より豊かになるんだろう。


2012年2月7日火曜日

一日


今日は、新しく出会った人が2人いた。

初めて一緒に商談する仲間が3人いた。

自分の意見をクライアントに突き通してみた。


新鮮な感覚であったり、新鮮な意見を聞く。


新しい人と出会う中である多くの発見は、
やはり多くの刺激がある。



久々に、ビールを飲みながら今の時間を過ごす。






2012年2月2日木曜日

耐えどき


最近、孤独感、恐怖感、押しつぶされそうな自分がいて、苦しい時がある。
怒りがこみ上げて、それをぶつける場所がない悔しさもある。
気丈にいても、弱くなる自分がある。
誰かにすがりたくなる自分がいる。でも、無理なこともわかっている。


そして、耐えどきだと感じた。


タイトルに「耐えどき」と書き込み、今、思う。
耐えどきでなく、自分から変わらなければならない時。
きっと、前に書いたように内的要因を見つめ直さなければならない時。
自分で何かを切り開かないといけない。
耐えると考えていたら、きっとそれは自分が待ちの状態。

多分、それでは明日も明後日も、何も変わらない。


サーカスに出で綱渡りをする自分がいる。
でも僕らには、下にネットが無いんですよ。。。と言った社長の言葉が頭をよぎる。


最近、とてつもなく実感してきた。
但し、今実感しているのは、綱渡りを始め、下をみてネットがない状態を見た自分。


人生を賭して決意したこと。
そりゃあ、ずっと、これから先、完璧なネットはできないことは承知。
でも、大きく丈夫なネットはできないかもしれないけれど、
網目がめちゃくちゃ大きいかもしれないけれど、
それでも作ることくらいは出来るはず。
もしくは、めちゃくちゃ太いロープくらいは張れるかもしれない。
ロープから木の橋くらい架けれるかもしれない。
いつか砂利道の橋になり、アスファルト敷かれた鉄筋の橋くらいにできるかもしれない。

というか、鉄筋の橋にしたらそこそこ大丈夫なはずだ。



さて、下を見ず、前を向くか。
もう一度渡り始めるか。

しかし、このロープ細いなぁ。。。。。でも、ちょっとブログというハケ口に感謝。